
第4話 |高倉健みたいな人
ある勉強会で、偶然隣の席になった人がいました。
見た目がちょっと怖くて、寄せ付けない雰囲気。
例えるなら、高倉健。
何を話しかけても、単語でしか返ってきません。
「お仕事は何をされてるんですか?」
「プロゴルファーです」
……それだけ。
話題がまったく膨らまない。
「この人、話しにくいなあ」というのが、若林由美の第一印象でした。
でも実はこの時の若林は、その場にいるのが緊張しすぎて、何を話していいのかわからない状態だったそうです。
私のことも覚えていなかったと、あとから聞きました。
周りから見えるのと本人の状態にはかなりギャップがあったのでした。
そう考えると、いま一緒に仕事をしているのが不思議で私自身も驚いています。
あの日の私に教えても、絶対に信じないと思います。
ご縁があったのでしょうか。再び出会うことになります。
転機は、新幹線の隣の席でした。

第5話 |新幹線の隣の席で
コーチングを学んでいた若林と私は、ある勉強会に一緒に行くことになりました。 その道中の新幹線の中、ずっと隣でした。
そこで、行きも帰りもお互いのことをたくさん話しました。
あの高倉健が、驚くほど自分のことを話してくれたんです。
「なんだ、いろいろ話す人なんだ。楽しいな」という心地よさを感じました。
あとから聞くと、若林も同じだったそうです。あんなにたくさん自分のことを話したのは初めてで、自分でも驚いた、と。
プロゴルファーにコーチングを受けてもらいたい。
当時、すでにコーチを仕事としていた私は、思い切って彼女にクライアントになってくれないか、とオファーしました。
帰りの新幹線の最後の最後、新横浜に着く直前に勇気を振り絞って伝えました。
そして、彼女はオファーを受けてくれました。
正直に言うと、私はプロゴルファーの世界をまったく知りませんでした。
ツアープロとティーチングプロの違いすら知らない。
それでも、彼女自身にはとても興味があったのです。
そして、若林へのコーチングがスタート。
話を聞けば聞くほど、私は「この人、もったいない」と感じはじめました。

第6話 |「2人でやればいいんじゃない?」
コーチングを進める中で見えてきたのは、彼女の才能と実力、そしてユニークな経歴でした。
プロテストを1位で合格した栄光と、そこからの挫折。
詳しくは「Bayashiの履歴書」に書いてあるとおりです。
すごい人なのに、本人は
「プロゴルファーなんてみんな同じですよ」と謙遜する。
そしてなんとなく、諦めている感じがする。
なんて、もったいない。
いつかもう一度、光が当たるところに行かせてあげたい。
その場所が相応しい人。
そう感じていました。
YouTubeを始めるとき、なかなか一歩踏み出せない彼女に「じゃあ生徒役で出てあげるよ」と気軽に言ったのが、私がYouTubeに関わった始まりです。
本当に、それくらい気軽なつもりでした。
その後、あるイベントに2人で参加した時にアドバイスをくれた人がいました。
「2人で一緒にやればいいんじゃない?」
正直、驚きました。
でも若林の中には、ある2人のイメージが浮かんだそうです。
双子で一緒に仕事をしている女子プロゴルファーの仲間。
あのモデルなら、ひろこさんとできるんじゃないか、と。
そして若林から正式に「ビジネスパートナーになってほしい」と言われました。
それに対する私の答えは、
「ちょっと考えさせてほしい」でした。


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