年始に1週間の断食。あえて立ち止まりわかったこと。

年明け早々、一週間も仕事を休む。
正直に言うと、それは思っていた以上に「怖い」決断でした。

周りが新年の抱負を軽やかに語る中、今自分たちが足を止めていいのか。「何もしない場所」へ行ってしまっていいのか。

実は、昨年末からビジネスパートナーのひろこさんと、今後の方向性など事業について何度も話し合いを重ねてきた。でも、良くしようと思えば思うほど、なぜか心は窮屈になり、空回りする日々。

今回1週間を過ごした伊豆にある断食リトリート施設「やすらぎの里」に行くこと自体は、半年前からなんとなく決めていた。ここは信頼するメンターに勧められていて「自己投資が最大のリターンがある」という言葉も大きく影響していた。

スッキリしないモヤモヤを抱えたまま、「ここでの時間で何かが変わるかもしれない」と、救いを求めるように、「やすらぎの里」への一歩を踏み出した。


「行くとしたら、スケジュール的にはこの時期かな」
そんな理由で決めた年始のリトリートだった。
ただ結果的に、それがこのタイミングになったことには、今なら意味があったと思える。

実は、年末にあるコーチから問いを投げかけられていた。

「できることではなく、あなたが本当にやりたいことは?」

シンプルなのに、答えられない。
吐きそうになるくらい、その問いが頭から離れなかった。

断食初日|モードが変わった体と頭

伊豆の高台に建つ「やすらぎの里」に到着して、まず目を奪われたのは、窓からの眺め。
いっぱいに広がる海。開放的で、ポカポカと暖かく、明るい空間。
「ああ、これから1週間、日常から離れてここに身を置くんだ」と思うと、少しずつ期待が膨らんだ。

やすらぎに着いて、まず感じたのは、空腹(笑)。

「お腹が空いた」というより、「なんだか気になる」という感覚に近い。

飲み物はハブ茶、梅湯、生姜湯などいくつも用意されていたので、それらをたくさん飲みながら、その空腹感をやり過ごしていた。

2025年後半、体重が3キロ増えていた。理由ははっきりしていて、暴飲暴食だったと思う(笑)

やすらぎに来たとき、「ここで一度、ちゃんとリセットしよう」
そんなふうに、静かにスイッチを入れた。

施設は派手じゃない。でも、ひとつひとつに心の細かい気配りがあって、“休む前提”で設計されている空間だった。

その空気に合わせて、見よう見まねで「やすらぎモード」に入っていく。
それが新鮮だった。

断食2〜3日目|何もしていないのに、疲れが見えてきた

活動メニューは、思っていたよりもライトな内容だった。
運動というより、「体を観察する時間」が多い。

まずは、とにかく水分を摂った。
喉が渇いていなくても、こまめに飲む。

それだけなのに、
普段どれだけ水分を摂っていなかったのかが分かる。

館内の階段を上り下りするだけで、
「あれ、ちょっときついな」と感じた。

疲れていることに、気づいていなかった。

定期的に出る発疹について先生に尋ねると、
「ストレスから体を守るために、ホルモンが反応している可能性がある」
と言われた。

即効性のある対処法はないけれど、
大切なのは深い眠りの習慣。

就寝2時間前から電磁波を遮断すること。
早く寝ること。

当たり前のことが、できていなかった。

早く寝ると、朝が変わる。
朝の散歩は、驚くほど気持ちよかった。

回復期4〜5日目|体に触れられて、初めて分かったこと

断食期間は3日間。4日目からは回復食が始まる。
滞在から5日目までは、毎日施術が続いた。

特に印象に残っているのは、右側の強いコリとハリ。
違和感は普段から気付いていたが、
「あ、こんなに無理してたんだな」とあらためて分かった。

動けている=大丈夫
そう思い込んでいただけだった。

ひまし油で腸を温め、腸のマッサージを受けると、
お腹の動きがすぐに変わった。

アロマ、ヘッドスパ、カッピング。
そして滞在中、
やすらぎで“ゴッドハンド”と呼ばれる先生の施術を、
奇跡的に60分受けることができた。

普段は予約困難で、なかなか受けられないらしい。

先生に部位の硬さと内臓の関係性など

説明を受けながら身を委ねていると、体が反応して段々と凝り固まっていた深部の方が緩んでいくのがわかった。
「あ、そこです、そこです。ずっと自分でも緩められなかったところです」
そんな感覚だった。

誤解のないように言うと、
これまでメンテナンスをしてこなかったわけじゃない。

セルフメンテナンスは、10年以上、ほぼ毎日続けてきた。
しんどい時は、骨理学の先生の施術も受けてきた。

それでも今回、5日続けて体を労わられて分かった。

「整えて動ける」と「本当に緩んで動ける状態」は、まったく別だった。

回復期5〜6日目|少しずつ、動ける体に戻していく

5〜6日目になると、刺激は少しずつ上がっていった。
ヨガやピラティスも、トレーニングに近づいていく。

ここでようやく、この1週間の流れが分かった。

休む。
緩める。
感覚を取り戻す。
そして、少しずつ動く。

ちゃんと、そういうプログラムだった。

呼吸が深くなっていた。
胸が開き、肩甲骨が使えるようになっていた。

この頃から、
「これを日常にどう持ち帰るか」を考え始めていた。

ゴルフ|在り方が、そのまま出た

滞在中、機会があれば今年初のゴルフをここでしたいと考えていた。

隙間時間を活用すれば木曜日と金曜日に9ホール回れそうだった。
しかし、木曜日は立っているのも大変な強風が吹いていた。

この日は、ゴルフをやめた。
いつもの私なら行っていたと思う。
でも今回は、無理をしない選択ができた。

翌日のラウンドは、
朝の散歩もヨガも朝食も終えてから、余裕をもって向えた。

ゴルフ場に立った時、寒さも粉雪も、そのまま受け入れている自分がいた。

スコアはボロボロ。
内容も決して良かったわけじゃない。
でも、これまでにない手応えがあった。

ゴルフについては、ここではこのくらいにしようと思う。
また別の記事で、もう少し深く書きたい。

ただ一つ言えるのは、この1週間で整えた「在り方」が、そのままプレーに出た、ということ。

最終日|この方向でいい、と決まった

帰る日、朝のヨガの中で慈悲の瞑想があった。

大切な人を思い浮かべ、祈る。
それを、自分にも向ける。

いろんな人の顔が浮かび、気づいたら、涙が出ていた。

やすらぎの里を後にして、車でひろこさんと1週間を振り返りながら話す中で、これまで誰にも話してこなかった想いが言葉として出てきた。

師匠がいたから頑張れた自分。
自分の実績を初めて認められたこと。

涙と一緒に、ほどけていった。

「今までもこれからも、今の自分、このままでいい」

本当の意味で腹の底から、そう思えた。

整える、ということ

この1週間で起きていたのは、何かを足すことじゃなかった。

余計な力を抜いて、
感覚を取り戻して、
自分に戻っていく時間だった。

「整える」というのは、頑張ることでも変えることでもない。

本当は、すでに持っているものに、ちゃんと気づくことなのかもしれない。

不安なまま始まった年始の1週間。
終わってみると、立ち止まったことは、今の自分にとって最高のスタートになった。

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